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クラシック初心者に勧める『幻想交響曲』

クラシックってわかりにくい、とっつきにくい……という人は少なくないと思います。と言っている自分も好きで聴いている割に通やマニアには程遠いのですが、クラシックとっかかりには楽器がたくさん登場して楽しい交響曲がオススメなのではないかと思っています。少なくとも4,5人で演奏する室内楽から入ったら自分はここまでクラシックを聴き続けてこられなかったと思います。(笑)

もちろん交響曲は長いので全曲通して聴くとなるとなかなか難しいのですが、その中でも、ドヴォルザークの第9番『新世界より』やベートーヴェンの第5番『運命』と並んでお勧めしたいのがベルリオーズの『幻想交響曲』です。その理由は

  1. ストーリーがあるので聴きやすい
  2. 「恋人のテーマ」が判別しやすい
  3. 場面の再現度・劇的な表現力が高く、現代的な表現としても古びない

という点です。今回は3を強調したいと思いますので、1と2についてはWikipediaの解説や、関西シティフィルハーモニー交響楽団による解説をご参照ください。

さて『幻想交響曲』の「表現力」ですが、この交響曲、今となっては当たり前である曲ごとの「タイトル」、それも「音楽で表現する対象を示したタイトル」を持っています。それまでは例えば曲の形式のもとにした踊りの種類がそのまま曲名だったり(メヌエットやブーレなど)、ただの通し番号がタイトルだったりすることが多かったのです(数少ない例外がヴィヴァルディの『四季』やベートーヴェンの『田園』)。
なので、タイトルと紐付いた描写が容易に聴き取れます。

  • 第1楽章「夢、情熱」: 夢の中でまだ見ぬ憧れの女性に対する感情がわき上がる様子。
  • 第2楽章「舞踏会」: 華麗な舞踏会のシーン。ハープによる「上流社会」の演出(=シンボルとしてハープを利用)。
  • 第3楽章「野の風景」: 野原の光景。冒頭では羊飼い二人が吹き交わしていた音楽が、最後では一人の音しか聞こえなくなってしまう。代わりに雷鳴が遠くに響く。寂寞とした不安感。
  • 第4楽章「断頭台への行進」: 処刑台に向かうまでの観衆の熱狂、最後にはギロチンで首をはねられて転がる首、大喜びする観衆。
  • 第5楽章「魔女の夜の夢」: 奇怪な姿になった恋人や悪魔のお祭り。彼自身の葬式の鐘。

こうした表現は、もともとあった映像に音楽をつけた気さえしてくるような、非常に視覚的な喚起をしやすいものです。

さらに扱うテーマは上記のように暗く、内面的です。たとえば第3楽章、それまでの穏やかな雰囲気とうって変わって異様に緊張するコールアングレの独奏とティンパニのやり取りは、裏切られる不安に襲われる心を見事に表現しています。4楽章や5楽章はもはや過激・悪趣味の域に入っています。それまでベートーヴェンやヴェーバー、あるいはロッシーニといった音楽シーンに突如この曲が放れた時、その過剰なまでの表現に人々が受けた衝撃は、いったいどれほどのものだったでしょうか。

その意味で、この作品の表現はグロテスクな音楽の先駆けとして、現代の音楽のみならず映像にもルーツとして深い影響を及ぼしています。
ですので、その表現力は古びることなく「クラシックの交響曲って?」という人にもお勧めなのです。

「幻想交響曲」は有名曲のため、いくつもの録音が存在します。これがまたクラシックに馴染みがない人には分かりにくいところだと思います。なんだか同じ曲のCDばかりたくさんあって……となってしまうところですが、指揮者や演奏者、録音によって解釈や響きが変わってくるものなのでその違いも楽しみのうちになります。

とはいえ、今回は以下のインマゼール指揮、アニマ・エテルナ演奏の録音(Zig-Zag Territoires KKC5074)のものを挙げておきます。2009年のCDですが日本語解説がついたものはもう新品では入手できないようです。『幻想交響曲』というとミュンシュ指揮、パリ管弦楽団演奏のものが名演の誉れ高く、私も上の録音と同時期に発売されたライブ演奏の音源も持っていますがテンポのいじり具合など「やりたい放題」という表現がふさわしいものでした。(笑)

インマゼールの演奏はミュンシュとはかなり異なったアプローチで、できる限りベルリオーズの作曲当時(1830年初版、1855年改訂)の「音」に迫るためにあえて古い楽器や人数を制限して演奏を行っています。たとえばテューバではなくオフィクレイドを使い、この曲で交響曲にデビューしたコルネットもかなり変わった形のものを使っているようです。さらに第5楽章で出てくる「鐘」はベルリオーズが「十分に低い音を出せる鐘が用意できない場合に使うこと」と指示したピアノを採用しています。私は「十分に低い音」の鐘を使った演奏をまだ聴いたことがありませんが、この低音のピアノは暗い印象を増幅させ、本来こうだったという印象を受けます。

また、しばしば省かれる第4楽章のリピートを行ったり、演奏のテンポも明らかな指示のあるところ以外はほとんど変えていないようです。たとえば第5楽章のフィナーレもテンポがほとんど上がりません。このテンポについては賛否あるでしょうが、私としては勢いでごまかしようがないゆえにかえって多くの音が聴こえてくる贅沢なものだと感じました。

by カエレバ

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