— ushilog

『人間の土地』(サン=テグジュペリ)

人間の土地 (新潮文庫)

サン=テグジュペリ 新潮社 1955-04

by ヨメレバ

表紙の絵は宮崎駿氏による豪華な文庫本です。宮崎氏の飛行機好きは有名ですし、サン=テグジュペリ(Antoine de Saint-Exupéry, 1900-1944)を愛読されているのも自然でしょう。作品『紅の豚』や『天空の城ラピュタ』の描写には飛行機への愛・飛ぶことがひとつの冒険だった時代への愛が感じられます。

サン=テグジュペリの時代、飛ぶことは今よりもはるかに危険でした。GPSや航空支援システムなどはまったくなく、肉眼で地上の目印を頼りに飛ぶ時代。夜となると灯りだけが頼りであり、事故の確率は今とは比べ物にならないものでした。『星の王子さま(Le petit Prince, 1943)』とならび代表作とされる『人間の土地(Terre de Hommes, 1939)』には、自身なんども死の危険と隣り合わせの飛行を繰り返し、最期も空で迎えたサン=テグジュペリならではのエピソードが散りばめられています。

しかし、そのような特殊な状況で書かれた文章をいま私たちが読む意義とはなんでしょうか。それは、極限状況でこそ得られる人間へのまなざしにあるのではないかと思います。

鴨が渡りの季節になると、飛べもしない家鴨がなぜか大地を離れ遠く飛んでいくような仕草を見せると言います。あるいはまた、生まれた時から餌付けされ柵の中で放し飼いにされているガゼルが、成長しある時を過ぎると大地での疾走を求めるかのように柵を頭で押し続けるようになると言います。

『人間の土地』ではそのような例とともに、動物たちがそのようにする原因が「郷愁」と呼ばれ「知られざるものへの憧れ」と呼ばれます。そして彼は「人間の郷愁ははたして何であろうか(p.213)」と問うのです。

この言葉は少しくだけば「人間の使命とはなにか」と言い換えられると思います。

たとえ、どんなにそれが小さかろうと、ぼくらが、自分たちの役割を認識したとき、はじめてぼくらは、幸福になりうる。そのときはじめて、ぼくらは平和に生き、平和に死ぬことができる、なぜかというに、生命に意味を与えるものは、また死にも意味を与えるはずだから。(p.224)

人間すべてに同じ使命があるわけではありません。しかし私たちが生において輝くのは各人の使命を全うしようとする時だと彼は考えています。かつて冴えない生活をしていた兵士が、まず間違いなく死ぬことになるであろう突撃を命じられ、その日の朝を迎えた様子を彼はスペイン内戦で見ていました。突撃には参加しない同僚の兵士にその兵士が起こされたとき、自身が泣き喚くこともなければ、同僚に憐れまれることもありません。

軍曹よ、死に向ってきみに身支度をさせていたあの兵隊が、なんで君を憐れむ理由があるだろう?きみたちはその危険をおたがいに、おたがいのために引き受けるのだったもの。この一瞬においてこそ、人はすでに言葉を必要としないあの純粋を見いだすのだ。ぼくにはきみの出発が理解された…(略)…ここ前線におけるきみは、自分が完成する気持を味わっていた、きみは世界的な仕事に加担していた、異端者であったきみが、いまや愛をもって迎えられていたのだから。(p.215)

そのような「世界的な仕事」に与るような使命が何によって与えられるか、またその原因となった言葉が真摯正当なものであるか、それはいまサン=テグジュペリの問題ではありません。使命が言葉という麦の種によって芽を出すものであるならば、それはその人の「必要と一致した」のであり、それは自身によって判断されるべきなのです。なぜなら「麦を見わける術を知っているのは、土地なのだから」(p.215)と彼は言います。

私はここに「一隅を照らす」という言葉にも通じるものを感じます。ビジネス書などでも自分自身の「使命」を考えて生きることの重要さはよく言われるものです。ともすれば単なるヒロイズムに傾きかねないサン=テグジュペリの言葉の中にあるものは、多くの生死を見つめてきた彼のまなざしなのだと思います。

ところで『人間の土地』の冒険譚には情景が浮かぶ描写も数多く、とくにリビアの砂漠に不時着して3日間灼熱と寒さのなかで砂漠をさまよった後に駱駝を連れた遊牧民に救われるシーンは、何度読んでも映画のスローモーションシーンをそのまま文字にしたかのように思われます。そして渇きに渇いた体に、いかに自分が「泉の囚われ」かということを感じさせられた体に、水が染み渡って行きます。その時の喜びの言葉が個人的に好きなので、引いておきます。詩の訳業で有名な堀口大學(1892-1981)の訳ということもあるでしょうが、まるで散文ではなくひとつの詩のようです。

ああ、水!
水よ、そなたには、味も、色も、風味もない、そなたを定義することはできない、人はただ、そなたを知らずに、そなたを味わう。そなたは生命に必要なのではない。そなたが生命なのだ。そなたは、感覚によって説明しがたい喜びでぼくらを満たしてくれる。そなたといっしょに、ぼくらの内部にふたたび戻ってくる、一度ぼくらがあきらめたあらゆる能力が。そなたの恩寵で、ぼくらの中に涸れはてた心の泉がすべてまたわき出してくる。
そなたは、世界にあるかぎり、最大の財宝だ、そなたはまたいちばんデリケートな財宝でもある、大地の胎内で、こうまで純粋なそなた。酸化マグネシウムの水の泉の上で、人は死ぬかもしれない。鹹湖のふちで、人は死ぬかもしれない。分離塩類を含む二リットルの夜露があっても、人は死ぬかもしれない。そなたは混り気をうべなわない、そなたは不純を忍ばない、そなたは気むずかしい神だ……。
でもそなたは、単純な幸福を、無限にぼくらの中にひろげてくれる。(p.199)

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