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「音楽」という概念がたどった歴史 – 岡田暁生『西洋音楽史―「クラシック」の黄昏』から

Neuma

西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)

岡田 暁生 中央公論新社 2005-10

by ヨメレバ

『音楽の聴き方』を先に読んだので、遡ってこちらも読んでみました。2005年の本ですが既に17版。結構ヒットしてるのではないかと思います。実際に内容も「音楽史」という題名から受ける作曲家・天才たちの歴史、絢爛な宮廷文化という視点にとどまるものではなく、読み応えのあるものです。
自分としては(1)「音楽」の概念の変化(世界の調和~作曲家の表現)、(2)音楽を支える制度(作曲家とその暮らし方・作品の再演)の変化、そして(3)クラシックの後継者としてのモダン・ジャズやポピュラー音楽、という点が気になったので、この3つを取り上げます。

宇宙の秩序 – 中世の音楽

通常私達は音楽を鑑賞する「感動を呼ぶもの」「快いもの」、ミュージシャンによる表現の結果と考えていますが、西洋中世の人たちにとっての音楽はまったく違う相貌を持っていました。岡田氏によれば、中世によく読まれたボエティウスの『音楽綱要(De institutione musica, 『音楽教程』)』では、音楽は以下の3つに分類されているといいます。

  1. ムジカ・ムンダーナ(musica mundana, 宇宙の音楽)
  2. ムジカ・フマーナ(musica humana, 人間の音楽)
  3. ムジカ・インストゥルメンタリス(musica instrumentalis, 楽器の音楽)

このうち、私達が考える「音楽」は3でしかありません。では1,2は何かというと、1は宇宙の調和・季節などに関するもの、2は人間の体・気質の調和を探求するものでした。古代ギリシア~ローマの伝統を受け、中世の自由七科(liberal arts)のひとつとして設定された音楽では、まず響きよりも数的な要素が重視されており、数的な秩序の現れとして音があったのでした。
したがって当然ながら、音楽は人間が聴いて楽しむことが第一の目的ではないことになります。音は世界の現れであり、作曲という行為は「神の国の秩序を音で模倣する」(p.21)ものでした。

よって、グレゴリオ聖歌をベースに成立した中世のオルガヌム、メリスマ・オルガヌムでは、グレゴリオ聖歌が異様に引き延ばされているため、言葉としてはほぼ聞き取れません。しかしそれは上記のことから、問題にならないことになります。「耳で聞こえるものの背後に、神の秩序(聖歌)が確かに存在しているということこそが、彼らにとって重要だったはず」(p.22)だからです。

ちなみに岡田氏は、この「音の背後に数的秩序を求める動き」は大バッハの数的嗜好、シェーンベルクの十二音技法、バルトークの黄金分割にもつながると考えています。この動きは「西洋芸術音楽の歴史を貫いている地下水脈」(p.23)だと。

しかし13世紀に入ると、たとえば三位一体を受け継ぐ三拍子から独立して二拍子を楽しむような、音楽そのものを楽しみ探求する傾向が現れます。岡田氏によれば、その端的な象徴がモテット(2声のオルガヌムに対し3声。しかしベースのグレゴリオ聖歌以外は世俗的な歌詞※)であり、その総合としてのアルス・ノヴァなのです。
なおアルス・ノヴァの語源となった本はヴィトリの『アルス・ノヴァ・ノタンディ(Ars nova notandi, ca. 1322. 『記譜法の新しい技芸』)』であって、新芸術運動というよりはモテットの試みを追求した結果に表紙も表現できる新しい記譜法の提示だった、とのことです。

秩序から美としての音楽へ

このように、従うにせよ軒を借りるにせよ非常に宗教との結びつきが多い中世の音楽ですが、15世紀に入りルネサンスを迎えると、馴染み深い「芸術としての音楽」「美としての音楽」という性格が強くなってきます。

一例を挙げよう。「ハルモニア」という語は、14世紀前半のマルケット・ダ・パドヴァという人物の理論書『ルチダーリウム』においては、まだ「高音と低音の数的比率」と定義されていた。だがルネサンスの代表的な理論家ティンクトリス(1435?-1511?)の『音楽用語定義集』(1474)では、それは「美しい響き[エウフォニア、原文ルビ]」と定義されるようになる。ハーモニーは「数」から「美」になったのである。(p.34)

ティクトリスによって、音楽は以下の3つに分類されました。ボエティウスの分類と比べるとまさに隔世の感があります。

  1. ムジカ・アルモニカ(musica harmonica, 人間の声による音楽、声楽)
  2. ムジカ・オルガニカ(musica organica, 空気の流れで発音する楽器による音楽、管楽)
  3. ムジカ・リトミカ(musica rhythmica, 触れることによって発音する楽器による音楽、弦・打楽)

Italy Florence Basilica of Saint Mary of the Flower (2) August 2012

中世美術を見ていると、あるいは14世紀のマショーのミサ曲などを聴くと、当時の人々は常にあの世の恐怖におののきながら生きていたに違いないという気がしてくる。[略]けれどもデュファイの音楽とフィレンツェの大聖堂は、シンプルで大らかで暖かい開放感を完全に共有している。ここにはもはや彼岸への畏れはない。「生きていていいのだ、生きて美しい音楽を楽しんでいいのだ」という安心感――これがルネサンス音楽の最大の特徴である。(p.33f.)

14世紀はヨーロッパにペストと死が吹き荒れ、モンゴル帝国の恐怖もまだ薄れない時代ですから、社会状況も岡田氏の見解を裏付けるものだと考えてもおかしくないと思います。

しかし「美」としての立場を確保した音楽が、いま私たちの知る作曲家・アーティストの自己表現となるまでには、なお社会制度の移り変わりが必要でした。次はそれについてまとめてみたいと思います。

続き: 音楽が自己表現になるまで・音楽家の生活の変化 – 岡田暁生『西洋音楽史―「クラシック」の黄昏』から

※「モテット」とミサ曲についてメモ。ルネサンスに入ると意味を変え、比較的自由な歌詞による、声楽合唱による宗教曲という意味になるとのこと。またルネサンスはミサ曲の黄金期であり、中世の(ラテン語とフランス語が入り交じる)実験的なモテットではなく、「私の顔が蒼いのは」などの世俗曲から旋律を借りつつも歌詞はすべて宗教的なラテン語となる由。

西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)

岡田 暁生 中央公論新社 2005-10

by ヨメレバ

photos by: vocalemily & Smo_Q
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